ママの駅誕生秘話1…2014年を締めくくり


今日はママの駅の誕生秘話と言うことで自分の思いを自分勝手に書いています。
読み苦しいかもしれませんが最後まで読んで頂けると嬉しいです。

2014年、気が付いたらあと10日あまりとなりました。
12月は師走というだけあってさっと時が流れました。

2014年6月にママの駅をオープンし半年目。
今では毎日家から職場まで自転車で向かう道のりが嬉しく楽しく思います。

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特に10月に入ってから徐々にその気持ちが強くなってきました。
11月、12月はママの駅の近くの大濠公園はとても寒いのに私の心は暖かい…
知り合う方、お客様とも徐々に仲良く出来て、1度来た方が2度3度足を運んでくれて「駅長さん」「駅長」「まいさん」「まいちゃん」と呼んでくれる…
メールでお客様から「今日いきますね」「明日会いましょうね」と連絡をくださり「会いにきてくれるんだ」とお客様から頂く愛と優しさで胸がいっぱいになり涙が出るくらい嬉しい。こう思う瞬間本当に今はママの駅をはじめて良かったなあと思います。今日は日曜日、定休日。最近はいつものように日曜日休まないで営業して、お客様と色々お話したいなと思う時もある。でもまだママの駅1人で店をさせていただいている立場、週1日は休まないと自分の体力がもたないかもと思い日曜日は定休日にさせていただいています。

皆様のお陰で、先日の19日の「癒しのフェスタinママの駅」のイベントも、20日の「ママの駅クリスマス会」も大盛況。お客様からご注文をいただきコーヒーの豆をひいてコーヒーを淹れる時思わず笑顔になってしまう。今、こんなにお客様が増えてお客様にコーヒーを入れることが出来て本当に自分は幸せ者だなと思います。

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それは…

オープンして2カ月間殆どお客様が来ませんでした。お客様にコーヒーを淹れさせていただきたくてもできない日々。でもその期間自分で自分にコーヒーをいれてどうしたらおいしくなるかなとコーヒーをさらに勉強した期間でした。
道を歩くママにチラシを渡しても集客できず、私が落ち込んでいるとそれを察して娘が私の代わりにチラシを配りにいってくれたりしていました。親ばかかもしれないけど7歳の小さい子供が道を歩く大人に「お母さんのしているカフェです。きて下さい」と一生懸命ママに渡しているのを見ると涙が止まらず私も頑張らなきゃと思いました。でも現実誰も来ないお客様のいないママの駅のカウンターやママの駅の近くの大濠公園をみては涙していました。

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ママと限定したのがだめだったのかな?きっとママはこんな空間のぞんでいないんだろうな、ママは一息つくところはママの駅ではなく違うところがあるのかな、などママの駅をはじめたことを後悔した日もありました。

自分で自分を自問自答の日々…ママの駅はだめなんかな、自分はダメなんかなと思う日々…
でも自問自答すると最後に必ず思うこと「やめたくない」「やめるくらいだったら後悔しない形でやめよう」「たとえ今私がしているネットの洋服屋、ママプレイスはつぶれてもママの駅はつぶれてほしくない」とその3つが原動力となって乗り越えることが出来ました。ただそう思うけどなぜそこまで強く強く思うのかわかりませんでした。

なぜここまで強くママの駅をしたいのだろうか…お客様が来るようになった10月も毎日考えてノートに書いて答えを出そうとしても出てこない、悩みました。11月に入りママの駅の常連のお客様にメールで「なぜそこまでママの駅を大きくしたいと思っているの?」と聞かれ、この質問に対しかなり悩んで次のこと(数行下の『』のこと)を書きました。

『    』は自分の本心を気がつかせてもらった自分がお客様にかいたメールです。
書き終わったとき涙が止まりませんでした。↓そのままお客様に書いたメールを貼り付けていますので読んでいただけると嬉しいです。

『ママの駅を作った理由をみなさんにはしっかり伝えていいものか悪いものかわからず中途半端です。上手く書けませんがいきさつを書いてみますね。

ママの駅を作った一番の理由は私の母からの影響が多いです。私の母は結婚する前までは活動的な人でしたが結婚し専業主婦になりました。夫婦関係に悩み、子育てに悩み、最後は人間不信に陥り引き籠って孤独になって向上できなくて病気になって平成21年にこの世を去りました。
母はいつも強がって辛いと言える場所がなく、聞いてくれる人もいなく何でも未消化でストレスがたまり体に響いたと思います。
私の母がなくなったことを多くのママに話すと(保育士だったので心を開いてくれるママが多かったです)「お母さんのことすごーく胸が痛いほどわかる、わかる」「私も結婚してから成長していなくて物足りない」「旦那がうるさいといって話を聞いてくれない」「日本は子供と働いている旦那さんは守るけどママは評価されないし守られない」「専業主婦はこんなに頑張っていても肩書きは無職っていわれるんだよ。認められていないよね」など多くのママからの悩みを聞きました。
私も母のようなママはこの日本から1人でも少なくなってほしいと思いました。

ただこれを形にするのに5年かかりました。母がなくなって5年…。
以前南区で一緒に働いていた友達がいてその方がヒントを出してくれるまでなかなか形にはできませんでした。

その友達もママで結婚して7年専業主婦でした。旦那さんとの関係に悩み子育てに悩み、常に孤独を感じ旦那さんも話を聞いてくれないことを聞き、私が「繁忙期のみの短期になるけど一緒に働かない?」と声をかけました。その方は声をかけられなかったらストレスで子供を傷めつけていたかも、下手したら虐待もしていたかもと言っていました。(その方ものすごく性格は優しい方なのですが、ストレスというものはここまで人間を変えることも気がつきました)一緒に仕事をして終わった後コーヒーをいつも飲んでその方の子育ての悩みを聞いていたときに、「こんな愚痴を言えるカフェがあればいいのに~」と言ってくださったことがきっかけで思い切って大濠に引っ越しカフェをしました。』
と私は書いていました。これだけの文章気がついたらたった10分で書いていました。
これを書いた時に自分は母の経験から、母のようなママは増やしたくないと思いママの駅を作ったんだと思いました。そしてちゃんと自分はこの経験があるからママの駅はやめたくないということを認識できました。

今考えます…

もし母に自分の思いやストレス、わからないことを気軽に話す人がいたら…母が生きている時ママの駅があったら引き籠ることなく今も生きていたかな、もし生きていなくても引き籠って病気になって亡くなることはなかったかな…そう思ったからこそママの駅をはじめたいと思ったと思います。

ママになって悩む人を増やしたくない。悩んでも解決できるお手伝いをしたい、それが思いです。

世の中ではママ業が当たり前のように思われているけど、お子さんを育てるという素晴らしい仕事をしています。大きな仕事だと思っています。旦那さんに対しても一生懸命考えていて素敵だと思う。母であり、妻であるママ。たくさんの人と話す中で共通している事、みーんなお子様や旦那様に真剣なハートを持っている。でもそれがうまく伝えられなくて、伝え方がわからず、またどうしたらいいかわからず悩んでいる。そんな方の助けになりたいと思います。と言いながらも私も駅長で店をもっているだけでみんなと同じなんです。私も子育てと親子、夫婦関係に悩んだことが多かったからこそ、今も悩むからこそ、そのようにいわれている方の気持ちが痛いほどよくわかります。私は本当に恥ずかしいほど抜けていて、コミュニケーションが下手な人間です。ママの駅をはじめるまではこんな風に思いを書けない人間でしたが、私のまわりにいる色々な方がかえてくれたと思います。家族、友達、お客様…たくさん私と話してくれたからこそ私も変わってみようと思ったのです。ママの駅は多くの縁をつける場所にもしたいです。

ママの駅のコーヒーは「救いのコーヒー」にしたい。

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ママの駅にくるお客様が最初は泣かれてたのに私に話すと「元気が出ました」って言ってもらった時、
「駅長に話してすっきりしてよかった」って言ってもらった時「思い切って勇気を出して遠いところから良かった」っていってもらったときすごい嬉しくて嬉しくて感動します。

みなさん本当にありがとうございます♡
たくさんたくさん頂いた皆様のハートをお返ししたいです。

そしてこれからも宜しくお願い致します。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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