駅長の本音1


ちょっと話が長くなる内容ですが…私の経営話…
読み苦しいと思ったらスルーしてください(笑)

こちらは自分のfacebookのつぶやきからピックアップしてきました。


私が今経営しているママの駅をオープンして6月で1年になります^^
そしてちょうど1年前、今のママの駅に引っ越してまいりました。

私が30歳を迎えて経営者という道を選択しました。ずっと大阪の本町のOLでいると思った私が運命が変わってしまったのが30歳。

ママの駅をするまでは託児所、お洋服のネット販売の経営をしていましたが、その2つははじめてすぐに順調に行きました。

でもずっと私がしたかったのがママの駅みたいな場所だったと思います。

ママの駅の経営が一番しんどく、世の中の方にわかってもらうのが一番苦労したお仕事でした。軌道に乗るまでは何度も涙を流しました。でもその分多くの方にわかってもらったのがママの駅。

「いつか行きますから」、「なかなか行けないけど今度行きます」「遠くだけどこの日帰るから行きます」そんなメッセージをもらうと嬉しいです♡

そしてきてくれた日には、涙が出るほど嬉しく感じます。


今では、お客様が少ない日もあり、落ち込む日もあるし、たまにトラブルもあるけど、多くのお客様と知り合えて、スタッフも増えて、色々な事が本音で語り合えて、仲間の大切さもわかり本当に嬉しく思っています。

自分を出せば出すほど、私のことを気にいらないと思う人や悪口を言う人もいる事もある。
でも自分がその方たちに悪いことをしていないと思ったら、自分の心柱はしっかりして、自分の思うことや、ママや子供のためになると思うことだったら通していきたいと思います。笑われても、嫌われても。


託児所、お洋服販売をはじめたきっかけは、多くのお母さん、子供が幸せを感じて欲しいからはじめました。でもなかなかそれを表現するのが難しくて、恰好をつけてうまい表現をみつけ、アピールしてました。

経営者として働いて7年間何かしっくりこなくて。

自分の幼少期、小学校時代、もう戻れないんだけど、もっと笑いたかったな、こんな才能に気がついてたらよかったな、もっと明るい自分にしたかったな…そんな後悔があります。

でも自分が後悔したからこそ、これから生きて行く子供たちは私と同じ思いをしてほしくなくて…

30歳すぎて、保育士の資格を取り経験をつみました。2度も試験落ちましたが。何とか3度目でパス。

自分の幼少期の家庭環境を見て、母を見て、ママも元気にならないと子供は私のようになると思い、ママが元気になるのが1番と思い、

そんな場所を提供できる場が日本にないと思いママの駅をオープンしました。

私の個人的な親友、いつもfacebookを見ている友達が、最初私がなかなか元気にならない姿を見て、まいちゃんが元気にならないとママの駅はお客様が来ないままだよと言われ、元気でいつも笑顔でいようと思いました。


どんな楽しい日も、つらい日も笑顔で。
そして自分の経営の事より、多くのママと子供たちが元気になるのを夢見て、毎日を頑張って行こうと思っています。

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