2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー㉓~2016年11月のこと


❤事業の失敗④ 全部自分でしようとした

ママの駅をして、思い通りにいかないことが多くて、少しずつ私も人の話が聞けるようになりましたが昨年どん底に落ちるまでは思い込みが今より激しい人間でした。

今でも思い込みが激しいところがあります。
ただ少しずつ人の話もしっかり聞く人にならないとと心がけるようになりました。

私は親が厳しい環境に育ちました。
「○○してはいけない」とよく言われ自分でも、ねばならないという言葉によく縛られていました。

スタッフ7人雇い、最終的には自分がスタッフに気を遣うのがしんどくなり自分1人で運営していくことになりましたがそのころの私は「経営者だからしっかりしないといけない」と思い、完全に頼ることもできませんでした。

「駅長って整理整頓が苦手ですよね」
「駅長ってちょっと人付き合い苦手ですよね」
「駅長って本音を出せない性格ですか」
「駅長って不器用なところありますよね」
「駅長って大切なことすぐ忘れますね」
「やるべき仕事を後回しにしすぎですよね」

といわれると傷ついて、もっと頑張らなきゃと思って、いわれないように距離を置いてそんなことをしてきたけど、今思えば人間、得手不得手があって、もっとスタッフに頼って、お客様に頼ってみんなのよいところを生かしていけばよかったと思います。

遅いけど…

経営者でもやっぱり人間だから全部しなくてもいいんだなと、今後悔が残りますが、楽に正直に生きていけばよかったなと思います。

是非今経営をされている方、将来経営をする方、
仕事の方はスタッフにふってあげてくださいね。

私は昨日書いていた、ランチを作るバイトをしてから、それまではスタッフに仕事を振りまくるのは失礼かなと思っていましたが、そんなことはないとわかりました。
ランチ作るだけではなく、スイーツも作り、チラシも作り、献立も考えまで任せてくれた時うれしかったです。
自分の腕も上がりました。

もっともっと人に頼ればよかったんです。
自分の欠点、弱さをもっと人に見せてよかったと思います。

スタッフとは縁が今はありませんが、私にいろいろ教えてくれた先生だと思っています。

テレビ局の取材のころ、2015年8月スタッフとすごく仲が良かったです。いい思い出です。ありがとうございます❤

 

 

❤ママの駅ストーリー23話

2016年11月はじめ…

辞めることを決意し、告知しました。

大濠の今のビルは2017年4月15日で契約が終わり、3年の契約更新になります。

3年後ママの駅をしているのか自分が想像できなかったです。
告知してすぐに多くのお客様がメッセージを送ってくれました。

「ずっとうちの子が大きくなるまであると思ったから閉店はショックで涙が出ました」
「大きくなるまでママの駅の服を着せたかったです」
「ママの駅ができてすぐ私は妊娠しました。そして生まれました。ママの駅の成長とともに私の子供も成長しました」
「なかなか行けなくって本当にごめんなさい。本当ママの駅は儲かっているように思ったので、また行こうと思っていました」

と多くの方がメッセージを送ってくれました。

そして閉店を告知しての最初の土曜日11/5の日、朝からお客様が途切れませんでした。

お洋服のお客様でお店がいっぱいになりました。

夢を見ているようでした。

でもその時、お店を辞めたくないと思ったけど、後ろを振り返らず前を向いて歩こうと思いました。しかしまだ4か月もあるので、実感がわかなかったです。

後少しでこの景色が見られなくなります。

11月末は韓国子供服&アクセサリー仕入れ同行の仕事が入りました。

不思議と執着が自分の中で取れたおかげか、その月から家賃がまた支払えるようになりました。

つづく

 

 

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