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2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー㉑~2016年8月、9月のこと

❤事業の失敗の理由② ターゲットがぼやけた

3か月お客様が来ないというのは事業をして初めての経験でした。

保育園を始めた時、開園1か月後には4名の園児さんが入園した

ネットショップオープン3日後売り上げがあった
オープン半年後には月商100万円の売り上げだった

からこそ、ママの駅もトントン拍子に行くと思いました。

ところがうまくいかない

最初はカフェをして子供におしゃれさせて、お受験などをかんがえているようなおしゃれなママと子供さんをイメージしていましたが、

来ても変える人たちを見てどんどんどんどん自己価値も下げて、ママはお金に苦しいと思いどんなママでも来てほしいと思い、アピールしていました。

「ママだったらママの駅に来て、お願いします」とそんな感じで商売していたからこそ、最初描いていたお客様層、自分の企画がぼやけて今に至りました。

「お客様に来てほしい、なんとでも来てほしい」

という執着がいろいろなところでひずみにでて2016年最悪の事態を招きました。

執着しすぎる、ターゲットがぼやける、自分の軸をずらす、商売では絶対してはいけないです。
負けてはいけないと思います。

しかし皆様にアドバイスをしたいのは、店を自分の好きや、やりたいだけで突っ走るのは難しいと思います

飲食店やお洋服屋は誰もができるし、資格もいりません。
だからこそ生き抜くのは難しいです。

店を持たない商売を考えていけばそこまでいかないと思います。
ネットで売るとか、イベントで出店するとか。

店を出すと経費は本当にかかります。
だからよくよく慎重に考えて下さい。

私がそれをいいたいです。

懐かしいラテ…なんでこんなかわいいラテなのに350円なの?って真剣におこってくださった方がいました。
自分を安売りするなと、ちゃんと話を聞けばよかったと今後悔しています。

❤ママの駅ストーリー21話

2016年8月、9月…

家賃が払えないなどで、お手伝いさん(6月から8月まで来てもらっていました)が来ない日は食事ぬきという日が続いていました。

少し家賃の足しになるよう、自分が少し楽になるために、8月から月16日でママの駅からすぐ近くの飲食店でママの駅オープン時間以外の時間は少しお手伝いをしていました。

その時は生きているのもしんどいので、お弁当付きと聞き行きました。
私を雇っていただいたお店の人には申し訳ないですが、そんな不純な理由です。

店主さんが来るまでに献立を考えているランチを作っておいてねと言われそれを作っていました。
メイン食、副菜、野菜、スープまで作ることを全部私に任せてくださいました。
4か月という期間限定でした。

しかしそこで学びました。
お客様が来てくれおいしいと言ってくれると嬉しいし、自信が付きました。
自分のお店も客観的に見れました。
自分の手作りの料理もこのころからイベントで作れるようになりました。

そして2つ仕事をしているということで、収入が入る安心感ができ、お客様が来てほしいという執着がなくなりました。

そうなると徐々にお客様がママの駅に戻ってきてくたんです。

 

そして9月…

1人のお客様が私の韓国子供服のセンスがいいということと2歳の娘さんがママの駅の子供服をすごく気に入ってくださっているということで、私のようになりたいと言ってくださり韓国へ同行についてきてほしいという仕事の依頼がありました。

思いっきり韓国仕入れを楽しみながら、感謝をしていただきました。
報酬を支払っていただいたり、昔の取引先の方ともまたご縁がつながりました。

まだまだ主人にはお金は借りているけど、すこしずつ、すこしずつ明るい一筋の光が私を照らしてくれました。

そして生かされていることに感謝、そして私は執着を消し何かを吹っ切っていかなくてはいけないと思いました。

 

 

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑳~2016年6月、7月のこと

❤事業の失敗の理由① 安くしすぎた

今日はたくさんの読者さんを敵に回すかもしれない

そんな気持ちで揺れながらブログを書いていますが
そこには敵意もなく悪意もなく正直な気持ちなので子育てする人や事業する人が今後の参考に読んでいただけたら幸いです。

全部私のせいでお客様のせいって思っていないので。
私がまいた種なんです。

もし次の文章で自分がそうだなと思ったら子供さんのためにちょっと一呼吸おいて考えていただきたいのです。
子供さんって見ていないようでお母さんの普段していることを見ています。

私の最大の事業の失敗

ママの駅が最初お客様が来なかったので早急にお洋服も、珈琲も安くしてしまったのが最大の欠点です。

3か月お客様が来なくて、辛くて辛くて、来られても何も買わずに帰られて、それが絶えれなくて泣く泣くお洋服を安くし、珈琲も1杯安くしました。

でも安くすると、こんな言い方をしたら申し訳ないのですが質が良くない方が来られます。

ふと、お店に入られて、お洋服見に来ましたって言いながら、見ているふりをして、

何も買わずに
子供を野放しにする、
おもちゃで遊ばせて息抜きする
おむつをかえる
おっぱいをあげる
長居して、2時間たったのでもう一杯注文できませんかと話すと「帰ろうか」といって
帰っていくお客様
悩みだけ話して、珈琲いかがですかというと時間がないのでとそくさに帰られるお客様

何も飲まず、買わず、終わったら「ありがとうございました!」
っていって帰っていくお客様も何人も見ました。

例えばカフェをしていてママがしゃべっている間に子供さんが靴を履いたり、服を着たりそれで、靴を壊されたこともありました。
笑いながらすみませんと言いながらカフェだけ長居をして帰る

何も言わない私が一番悪かったですが、
子供さんを育てているママなら、申し訳なかったなと思いそれほど高いものではありません。
私だったら、何か1つは購入していきます。
お客様の中にが素晴らしい方もいて、私に足りないなっていうこところ持っている方がいて
何回も謝り、購入して帰られた方もいました。
子どもさんが見ています。
子供の前では、やっぱりそんなママが得をしようとする恰好は見せれません。

主婦の方はお金がないのはわかります。
しかしお金はエネルギー

子育て相談を頼んでそこで無料でいいことを聞いてもそれは身になりません。

逆にお子様が病気がちになったりどこかで無駄なお金を使ってしまうと思います。
サンプルください、物をください
そう言ってママの駅に来られる方もいました。

そのサンプルもらって得をしたと思うかもしれませんが、そこはちゃんとサンプルの感想やその商品を今後使う、使わないそう返事をしないと、どこかで滞りが出てきます。

私は別に物は手放すものと今は思っているので大丈夫ですが、私も以前までは得をしようというところがあったのでお金の循環が良くありませんでした。

施そうと思うと、お金が回ってきました。

高いお店ではそれなりに素敵な人が多いようです。

安い店はお客様に悩まされています。

私もそこは、反省点です。

本当子供服安いのです。
他の店と質を比べてみてください。

❤ママの駅ストーリー20話

2016年6月、7月…

お客様が来られなくて悩んだとき

しかし毎日耐えてママの駅へ行きました。

梅雨、濡れながら自転車をこぐ毎日
facebookで毎日呼びかけている毎日

泣きながらお客様を待ちました。

そしてそんな時光が私に来ました。

韓国に仕入れについてきてほしい、お金はお支払いします
ママの駅開店時間以外の時間で、まいさんお料理を作るバイトに来ませんか
アロマを勉強しませんか

怪しいとかそんなことは思わず、ロープを必死につかみました。

ただがむしゃらでした。

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑲~2016年3月、4月、5月のこと

❤私は人一倍執着が強い人間かもしれない

私はお店を辞めて、お店のfacebookは3/31で辞め、落ち着いたら個人の井手麻愛のfacebookも退会しようかなと考えています。

縁のある方とはメールや電話もできるだろうし、本当に縁のある人だったらつながるし、縁がないならそのままになると思います。

3年間ママの駅をしてその辺を少し悟りました。
しかしそれはまだ迷いがあり、続けてブログのように発信するだけにしようか
色々考えています。

私の投稿を読んで元気になってくれる方も少ないですがいてくれています。

私はfacebook大好きだし、感謝しているし、facebook様様なところがあるのですがある意味少し依存症的なところがあり、1日の何分の1の時間はfacebookにどっぷりつかっているのではないかなと思っています。

ママの駅をはじめて、最初集客がうまくいかないとき、facebookがお店の売り上げを助けてくれました。毎日投稿をあげると、100いいね、コメントが必ずあり、スタッフ募集もfacebookでした。

お友達もたくさんできましたし、会わなくてもつながっている安心感があり孤独感がなかったです。

しかし私は執着が強いのか、いいねをしてもらえなかったり、もともとコメントをしてくれていた方がしなくなると何か悪いことをしたのかな、お店がもう売れないのかなと恐怖感を感じてしまう、

またまじめすぎて、みんなの情報をしっかり読んでしまうところがあり、情報の整理ができないところがあります。

今年は私は、いろいろなものを捨ててリセットして出発する1年になりそうです。

❤ママの駅ストーリー19話

2016年3月、4月、5月…

ママの駅の売り上げが底をついた2か月でした。
そして一番どん底の5月。

いや、2015年12月からもう下火でした。

でもその時は楽天のネットショップの売り上げが助けてくれました。楽天では薬と子供服を販売していて薬の売り上げが高かったので主人の薬局が私のお店を助けてくれました。楽天の売り上げ金は私の口座に入るのでうまく回せていました。

楽天の売り上げが下がったのは大濠に来て、ママの駅でお洋服がたくさん売れるのでネットの方をほったらかしにしていた結果です。

2016年3月に楽天を辞めました。

そして4月、大濠の家賃から何もかも払えなくなってきました。

その月から主人にママの駅の売り上げが下がっているのでお金を貸してくださいと土下座する月が続いています。

今まではそんなことはなかったからプライドがズタズタでした。

税理士さんももうママの駅は辞めた方がいいとアドバイスが入りました。

でも私はこのままで辞めてたまるかという思いで、経営学を勉強したり、本を読みあさったりしていました。

もう一度あのようにお客様がいっぱいのママの駅を再現してやる!!と。

しかしその焦りが余計にお客様離れを招きました。

寝られない日々が続き、督促状も来て、何かにおびえる日々続き人生のどん底をその時味わいました。ご飯を食べても、味わえない、何をしてても心から楽しめない自分。

経営セミナーにも参加してモチベーションをあげる、しかし翌日には現実を目の前に立ち上がることができない自分。

お客様の気持ちを考えれば
そんな人のところに人は寄ってきません。。だって運の悪いものをひきよせちゃいますよね。

しかしその時すこしずつ気が付きました。

こんな私の横にいつも逃げずにいてくれた主人と娘、
主人は私に怒りながらも人生は何回でもやり直せると言ってくれて、娘もお母さん、自信をもってと言ってくれました。

そして私も家庭をずっとかえりみなかったこと、家族に感謝の気持ちが全然なかったことを強く反省しないといけないと思いました。

そしてママの駅をはじめたのは、しているのは私の居場所が欲しく、面子を気にしてたからかもしれないと。

勉強も、運動も、何もできなかった小学生時代、中学時代、父親、母親(他界しています)にもできない子と言われ続けてやっぱりどこか見返したい気持ちがあったからかもしれないと。

「すごい」といわれたかった。

30歳の時私は起業しました。そして今41歳。
30代前半のころ「若手女性起業家」といわれて鼻高々としていたけど
そんなもの屁のつっぱりにもならないと気が付かせてくれた日々でした。

すごく5月は私も目がおかしかった。
私は死にたいとか言ってなかったと思うのに、娘がお風呂でボードにこんな手紙を書いてくれていました。

 

人の目や面子を気にしていた自分、その時からどうにでもなれ!!と思うくらい強烈で今でも精神が破壊するくらい辛い出来事でした。

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑱~2016年1月、2月のこと

❤オープンするより辞める方がエネルギーがいる

今日から本格的に引っ越し準備、
3月31日にお店を閉店すると、すぐに引っ越しして中を改装して大濠を4月15日までに去ります。

当たり前に見ていたこの景色も見れなくなり、珈琲もいれれなくなる日が来ます。

業務拡大の引っ越しではなく、私は失敗しての引っ越しなので、身内も、周りも冷ややかな感じで
見られます。

事業というのはオープンするときはワクワクです。
お店にたくさんのお客様が来て、椅子に座り、珈琲を飲んで笑う姿、お洋服を着て喜ぶお子様の顔、そんな姿が浮かびました。

 

そして友達は本当すごいねー、遊びに行くねーって言ってくれる

しかし現実はお友達は来てくれるのは最初だけですし、事業は厳しいです。
だから私は事業をしたい人には、好きだからとか、伝えたいとか安易な思いでしてはいけないと
話します。

失敗する人97%、成功する人3%の厳しい世界です。

基本常識的な人、人からたたかれるのを嫌がる人はできません。
人と違った考えを出せる人で、常識を打ち破る人、怪しいといわれても動じない人、行動力がすごくある人でないとできません。

それをこれから伝えていきたいです。
ある程度お金をちゃんと稼げないと、事業する資金とは別にお財布を別に持っていないと破たんすると言いたいです。

厳しい世界。

会社務めしているときよく上司に怒られました。
しかし毎月決まった金額の保証がある。

事業者、自由はあります。
しかし誰も何も言ってくれません。
褒められるばかり、

それが落とし穴。

経営の世界は冷たいです。

本当に心から好きなものか、相当の根性と覚悟が必要です。

 

私は保育士。子育てのプロ。本やおもちゃがあれば知育教育で子供たちがいっぱい来てくれるなんて思っていた私が本当短絡的でした。
保育士と聞いて誰も足は運ばないよねっていう感じです。資格に酔ってました。

❤ママの駅ストーリー 18話

2016年1月、2月…

寒い冬、しかし、私は心はあたたかかったです。

女性起業家のコミュニティーに入り、夢を語っていました。

こんな私になりたい、1年後はこんな自分に、3年後はこんな自分に

全国にママの駅ができてこんなメソットがママたちの間に浸透してこうなる!!と夢を描いていました。

確かにコミュニティーは私にいい影響を与えてくれています。
前向きでキラキラな女性がいること、出会えたことに感謝の気持ちが芽生えました。

つづく

 

 

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑰~2015年12月のこと

❤お店をしてから人の気持ちがわかるようになった

私の趣味はウインドーショッピングでした。

特にネットショップをしているときはお客様の顔が見えないし、平気でウインドショッピングをしていました。
ママの駅をはじめてからウインドーショッピングを辞め、何かハンドメイドで作っている人やしている人がいたら1000円以内なら1回は買うようにしました。

ウインドーショッピングをしていると店員さんは期待します。

この人買ってくれるのではないかなと。だから最初に目的を決めてお店に入ることにしました。

そして

すごいですね、いいですねと言いながら何も買わないことは極力辞めることにしました。

経営している人はそれぞれ提供しているものに思いがあって、わかってほしいと思っている
なのに全部話を聞かないですごいね、と言って買わないのは申し訳ないと思うようになりました。

3年間のお客様が来ない、売れない、そんな辛い思いをしてきて、人と話す時、この人はどうしてもらったらうれしいだろう、そう思って考えるようになったと少し思います。

ママの駅をやめ、4月1日から私は新たな道へ行きます。
誰かが不安がっていたら、私なら何でも話してと言って話していただいたり、それを解消したりする人でありたいと思います。

人の話を聞いて、真剣に聞いて、その人が求めるものをちゃんと見極めていける人でありたいと思います。

❤ママの駅ストーリー17話

2015年12月…

出会いもあり、別れもあり、胸の中にはポカーンと穴が開きました。

解雇したとfacebookで大々的にアピールしたのにもかかわらず、いつもと同じようにお客様が来てくださいました。そして新しいお客様も来てくださいました。

「初めて子供を産んですごく不安なんです」

「こんなときどうしたらいいの」

と不安ながらママの駅に来てくださる方もいて答えたらうれしそうにしてくれて、うれしかったのを覚えています。

そのころお客様の中でお洋服のプロであったママがいて、ママの駅を何とかしてあげたいそんな気持ちでママの駅を手伝ってくれた人がいました。

設計もしてくれて、チラシも考えてくれてクリスマス会の進行も手伝ってくれました。

最終的にお互い考えていることが違い、3月にお別れすることになりますが

私は手伝ってくれることにありがたさを感じ、ちゃんと意見を言えなかったので、その方を振り回してしまいました。

その時私はちゃんと、相手の言いなりになるのではなく、自分の軸をしっかりして最初に思いをしっかり伝えようそう負いました。

この年のクリスマス会は本当にたくさんの方が来てくれてよい思い出です。

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑯~2015年10月、11月のこと

❤ママの駅のコンセプトは本物じゃなかった

お店を構えて、テレビの影響でたくさんお客様が来てくれた時期もあったけど、
ほとんどがお客様が来てくれなくて悩んだ日々、

閉店を決意するのに勇気がいったけど、ママや、子供たちとの別れはつらいけど
今は閉店を決めてよかったと思います。

自分の心が本当に楽になりました。

 

①自分がしてきた子育て、お受験の経験や保育の経験を悩めるお母さんたちに伝えてママも子供たちも充実した生活を送ってくれたらいいなと思い始めたママの駅

②可愛い子供服で子供もママも笑顔になってくれたらいいなと思ってはじめたママの駅

しかし、日々家賃やスタッフのお給料の支払い、お客様が来るはずだと思ってこなかった現実を見て焦って欲が強くて目先のお金に目が行ったり

コンセプトがづれたりしました。

お客様が来ないことは、私のやり方、あり方が悪かったんだと今すごく思います。

お店を構えなくても
上の①②はできます。

結局結果がうまくいかないというのはどこかがづれているのです。
多くのお客様がfacebookで、また実際お会いして
「こんな店素晴らしいです」
「今度行きます」
と言ってくださいました。

しかしママの駅はなかなか行けないお店でした。
行きたくてもなかなか行けなくて…
そのことを書いたメールやコメントを何度も見飽きるほど見て聞いてきました。

今思えば魅力のないお店だったと思います。
そこは本当に申し訳ないと思っています。

みなさん言ってくださいます。

「ぜひ違うところにママの駅をオープンしてください」

そういわれるとうれしいです。
しかし、もう私は二度とママの駅のお店はオープンはしないと思います。

それは失敗するのがわかっているからです。

上の①②の思いがあるのにもかかわらず本物にできなかった自分
自分の命を使ってでもそれをやり遂げる覚悟ができるまでは私はもう事業はしないと思います。

その前に私がもっと強くならなくてはいけないと思います。

❤ママの駅ストーリー16話

昔のスタッフのことを書くことになるし、私自身のこともさらけ出すので個々の部分は本当は書きたくないと思いましたが、ちゃんと書こうと思いました。

恥ずかしいところも見せてしまいます。
ただブログではあまり詳しくは書けません。

もしもっと詳しいストーリーを知りたいときは聞きに来られてください。

私は6人いたスタッフ1人に私自身は、少し心を傷つけてしまうようなことを書いてしまう
メールをラインで送りました。
私もそのメッセージは無意識で相手を傷つけようと思い書いていないのですが、最終的に傷をつけてしまいました。

そしてその方は退職することになりました。

ギクシャクしてしまい、なんとなく距離感を感じてしまい、怖くなってしまい私もそのスタッフの方と会いづらい、挨拶しづらいということで、経営者という立場でありながら退職日まで、私も会おうとしませんでした。

そのことがスタッフみんなに対し、不信感を生みました。

そして11月末私の心を本当に整理したい、こんな中途半端な自分を何とかしたい、そして、この辛い状況から逃げたい、
そしてスタッフと距離感を感じている私自身が嫌い
そんな理由で全員を解雇しました。

そこで学んだこと、
私はそれまで人とうまくいきたいと思い、必死に相手に合わせてきました
そして自分を正直にさらけ出すことをしませんでした。

本当は最初にギクシャクしたスタッフとも、私の心の内を全部話し、相手のことも聞こうとすればもしかしたらここまでひどくならなかったかもしれない、たとえ同じように別れたとしても後悔はなかったのかもしれません。
しかし私は逃げてしまいました。

そして私は人と親密になろうとするとうまくいかないコミュニケーション障害があるということ

本を読んでいろいろな人に相談して、話を聞いて、

自分は「アダルトチルドレン」という心の病があり、生きにくい人間なんだということがわかり、今家族の手を貸してもらいながら克服中です。

小学校のころから親密になればなるほど人とうまくいかないところがありました。

アダルトチルドレンについて詳しく載せています。

https://matome.naver.jp/odai/2139970206143115201

昔から感情に蓋をする性格、どんな時もつらくても笑っていたのに、このアダルトチルドレンの本を読むと悩んでいた自分がこれとわかり、救われたと思い涙が枯れるほど泣きました。

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑮~2015年9月のこと

❤生まれてきてくれてありがとう、
そして今生きていることにありがとう

今日はちょっと朝から調子が良くなく、ブログの文章が短めになります。

私はどうしても考えすぎで、ストレスからすぐ体調を壊してしまいます。
そんな時は自然の力のアロマオイルを吸ったり、自分でアロママッサージをして、おいしいものを食べてゆっくりします。

アロマは前向きな気持ちになったりリラックスするのでおすすめです。

皆様はストレスがたまったらどうされていますか?
ママになったら年中無休でお休みがありません。
知らずのうちにストレスが溜まってしまうこともあります。

そんな時自分で癒す方法を考えてみてくださいね。
わくわくするものを何も考えずに50個から100個考えてみてください。
そして癒してください。

どうしても解消が出来なときはママの駅にお越しいただいて、ゆっくりしに来られて下さい。

子育てがうまくいかないとき、落ち込んでいるママを見てきました。
そんな時はそんなに落ち込まないで、今自分がここに生きていることに感謝して、
お子様も元気なことに生まれてきてくれてありがとうの気持ちで

感謝の気持ちで
自分を優しく癒してくれたら心が楽になりますよ(^^♪

❤ママの駅ストーリー15話

2015年9月…

毎日毎日、たくさんのお客様が来てくださって、うれしい1か月でした。

ザーザーの雨の日も、暑い日も、台風の日もお客様は来てくださいました。
テレビを見ました、
服屋さんが福岡にないから助かる
可愛い子供服やさんがこんなところにあったなんて
と言って来てくださいました。

忙しくてありがたい毎日

しかし私は感謝がどこかに足りなかったと思います。
少しだけスタッフとの溝を感じたころででした。

つづく

 

 

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑭~2015年8月のこと

❤純粋な思いがあってもなかなか伝わらない3年間

私は小さいとき

父と母が仲が悪く一人っ子で何も反発できなくて
たたかれて
小学校入る前は特殊学級入るかもと言われて
何とかできないながらでも普通学級に入れて
そしておとなしい性格で
勉強もできず、何もできずいじめられて
成功体験が1つもなく
大学へ行くのも浪人して三流大学に合格

社会に入ってからも

自分が物分かりが良くなくて
人間関係も苦労して、でもずっと耐えて
母が引きこもりで、何回母と話そうとしても断られ
10年会えなくてそして生きていたらいつか会えると
思っていた矢先母が突然亡くなった
お酒の飲みすぎで肝硬変になり、血を吐いてベランダで
倒れて亡くなっていた
病気にもなりうつにもなりかけた

拒食症にもなりました
自殺も考えました

そして

結婚して子供が生まれたころから運が本当によくなってきた気がしました。
主人と子供のおかげで愛を感じて自分が少しずつ好きになりました。

経営者になってからも子供を育てながら日々家事と仕事の
両立をずっと考えてやってきた
いつも数字を気にしながら、でも家族の料理も管理して、家事も
して子供を附属小学校に合格させて、
附属小学校で委員をしながらお店をして

その苦労があったからこそ、
悩んでいる方や、可能性をあきらめている方に寄り添うことが自分はできると思います。

辛いときは
辛いよねと共感出来て

もうできないといわれたら
私はこうしたら出来たよ、
もっと頑張ろうと言える

でもよくお客様に言われました

まいさんってなんでそんなにいい人なんですか?
こんなに人のことを考える人なんていないですよ

といわれました

私は本心なんです
やっぱり人のためになれればいいなとおもいます

お金儲けより、どんな人でも生きやすい世の中を作りたい
目立たない人を花開かせたい
人の笑顔をみたい
そうおもいます

ただ私の今のタイミング、能力ではまだまだだった。

だからなんでも閉店までに話そうそう思いました。
恥ずかしいことばかりですが。

❤ママの駅ストーリー 14話

2015年8月…

盆まで人が来ない日が続きました

盆休みはずっと悩んでいました。

このままでは月末の支払いができない

どうしようそう思いました

盆休みが終わり、頭くらくらで出勤しました。
多分もう限界そう思った時

テレビ局の方が取材したいと言ってくださいました。

しかもママの駅のお客様のおかげです

そして月末

テレビでママの駅が紹介されてから

お客様が殺到しました。

大阪から、名古屋から、宮崎から来てくれました。

うれしくて何回も何回も喜びました。

そしてお客様も喜びました。

つづく

 

 

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑬~2015年6月、7月のこと

 

❤出会いと別れ

2014年
2015年
2016年
2017年

3年間ママの駅をしてきてたくさんの出会いがありました。

毎年たくさんの人に出会って別れる…
それの繰り返しでした。

今までの自分は沢山の人に出会うこともなく、別れもなかったです。
1度友達になればずっと友達みたいな感じでした。
友達も「まいさんと友達になれば長いよ」って言っていたほど別れをほとんど経験していません。

ママの駅をはじめて出会いと別れ…

毎日が目まぐるしかったです。
でもその中で思いついたのが、ご縁つなぎでした

この人とこの人つながれば私がいなくてもこの人たちは楽しいのではないかな

と思いました。

ご縁つなぎ役、ご縁つなぎカフェとして特に昨年はそんな場所でした(^_-)-☆

後閉店まで26日誰かと誰かのご縁がつながればいいなと思います

本当に人によって人生は変わることもあるということがわかり、勉強になりました。

出会いは本当に大切です。
だからぜひ多くの方と出会ってください。きっと良い経験になります。

私もお客様から心の温かさ、やさしさをいただき、もっと優しい人間になりたいと思いました。

ありがとうございました❤

❤ママの駅ストーリー13話

2015年6月、7月…

お店をオープンして1年。
今はママの駅にいないスタッフ6人が私のためにお花を用意してくれ1周年記念を迎えました。

自分の中で無事に1周年を迎えれたことがうれしく思いました。

3か月お客様が来なかったから、2014年中に閉店を覚悟していてつらかった日々も吹っ飛びました。

 

お店の方は…

なかなか売り上げが上がりませんでした。
なんでだろ?なんでだろう?悩みました。

そう思いながら月末を迎えるとお給料から家賃の支払い…
お金の悩みはだれにも相談ができません。
家族にもスタッフにも、情けない姿は見せたくないと押し殺して悩みました。
その性格が、また波乱を招くこととなりますが。

そしてストレスのせいか病院へ検査に行きました。

胃カメラを飲むと胃に両性のポリープが17個あり、その4つがガンになる手前のポリープかもしれないということで取ってもらいました。

つづく

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑫~2015年4月、5月のこと

❤2015年11月から2016年秋までは波乱の毎日でした

今後のブログでアップしていきますが、
私には波乱の時期がありました。

毎日ママの駅に行っても
〇お客様が来てくれない
〇家賃が払えない
〇facebookでセールを呼び掛けても反応がない
〇大勢いたスタッフも、お客様も全くいなくなって
どん底の日々を送りました。

そして何かに気づきそうになったころ「閉店」を決意しました。
「閉店」を決意してからもしばらく閉店ということができなくて
また悩みました。

その時いろいろ考えました。
なんでうまくいかないのだろう
何が足りなかったのだろう

みんな何かがこの店に足りないと思っても言ってはくれません。
そっと来なくなるだけです。

日本人の思いやりです。

考えたらこの景色が私にとって癒しでした。
支えてくれてありがとうという今は感謝の気持ちでしかありません。
そして離れるのが嫌です。

3年後も、5年後もママの駅が当たり前のようにあり、今は大濠1店舗だけだけど、
そのころにはママの駅が多くの場所にあり、元気なママが増えて、虐待もトラウマを
抱える子供が減っているはず

そうおもっていたからこそ、閉店を決めるのは勇気がいりました。

しかし、私の中でいったんすべて捨てようと思いました。

なくなれば当たり前がなくなる
あたり前がなくなれば感謝の気持ちが生まれる

もうすぐ閉店するママの駅を見ながらそう思っています。

この大きな挫折で学んだこと

人の目、人の評価なんてどうでもいいと思いました。
自分が後悔しないように生きようと思いました。

❤ママの駅ストーリー12話

2015年4月、5月

4/7まではお客様が絶えませんでした。
毎日毎日満員の日々

私はその様子を見てすごく喜びました(^^♪

私って行けるそう思いました。

そのころは家賃+スタッフ6名分の給与を払っていたので稼ぎたい気持ちが先行しイベントをいっぱいしました。

考えれば普通の悩みを抱えたお客様が行きづらかったかもと思いました。

そして4月の入学式や始業式が終わったころ、

突然お客様が来なくなりました。

何が悪かったんだろう
ママ向けのビジネスは難しいのかな

悩みました。

お客様が来られなくても来られても経費はかかります。

知らず知らずにスタッフにつらく当たっていたかも、

従業員の提案も、目の前の経費が先行して素直に聞けなかった私がいなかったな
と今も反省の日々です。

そう、その時もなぜお客様が来ないかなと悩みの渦中にいていました。
ママの駅新聞を発行したりして楽しい場所だよと宣伝いっぱいしました。

つづく