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2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑧~2014年10月のこと

❤エネルギー循環

今日の朝の個人のfacebookでも書きましたが、ママの駅ではカフェと子供服店ではお家賃が支払えない、お店を運営できないその状況で運営してきました。

そのため場所貸しをしてきました。

場所を貸すといろいろな事業をされている方が来られます。
セッション、占い、エステなど。ママの駅でイベントをして集客される方もいて、今ではママの駅の場所借りを卒業され、自宅で、どこかを借りて独立されている方もいらっしゃいます。

■色々なものをいただいたり、
■サンプルをいただいたり、
■お手紙をいただいたり、
■「この商品本当にいいんですよ、使います?」と言われたとき、
今は使わないかなと思っても、とりあえず欲しいですといって送料まで使って送っていただいたり、
それでいて使った感想や、これを買う、買わないとしっかり正直にお返事を伝えなかったり、
お客様から、いろいろな方からものをいただくことが多かったです。

今だから正直に言いますが、ママの駅は3年36か月の間18か月は、閑古鳥が鳴いていたと思います。

人からはすごく言われます。

「毎日facebookをあれだけ更新して2000人以上いいねをしてくれているのにお客様が少ないのが不思議」
「アサデスのテレビですごく目立っていたのに人が来ないなんて不思議」

「2回どいえど、すごく立地はいいしお洋服が安いし、景色がいいのに閉店するのがわからない」

といわれます。

確かに、
お店がおしゃれではない
きれいではない
保育園みたい

と内装観が原因だと思いますがそれ以外を考えるのなら、私の人間性のなさ(笑)と下記のように私がお金に嫌われる性格だったから?と思います。

お金に嫌われる人は
〇サンプルをため込んでいる人
またサンプルをもらうだけもらって、使った感想を言わなかったり
いただいた方にサンプルをいただいた商品をこれから使うか使わないか
ちゃんとしっかり返事をしない人
〇人がしてくれたことに感謝せず、もらうだけでお返しをしない人
〇ものをもらってばかりの人
〇してもらうことの多い人
〇お返しをしない人

だとお金の勉強をしたとき学びました。

①お金もエネルギーで、物もエネルギーでサンプルをいただいたら、ちゃんとそれに対し使った感想を言ってちゃんと今後使うカ使わないか相手にあいまいでも現在の経過を話すこと、
相手は送料も、時間も使ってくださっているなら何かしらのリアクションを待っていると思います。

②人を待たせないこと

③あいまいな返事をしないこと、あいまいな返事しかできなかったら今検討中ですと話すこと

④たやすくものをもらわないこと。
そしてものをいただくときはものに相手の思いがかぶさっています。だからこそもらいっぱなしはいけない、ちゃんと

相手が喜びそうなもので
いただいたもの同等もしくはそれ以上の価格がするもの

をお返ししないといけません。
そうすることで循環し、お金に悩むことが少なくなります。

お金が入ってこないのは、どこかで滞っていて、
あなたのお返事を待っている人がいています。

だから私は何か人に対ししていないことはないかなと考えるとわかることが多いです。

人は、自分が人にしたことはちゃんと覚えているのに
人にしてもらったことは忘れてしまっていることが多いです。

こうブログを書いている私も、書きながら待たせている人がいるのではないかと思います。

昔、子連れ同行のビルで講座を受けているとき私の子供を見てくれている人がいました。
その人には感謝の気持ちでお友達になり、お手紙を書くと今もつながっていてプラスのことを教えてくださいます。

人間関係の幅も増えます。

循環していきましょう。

 

私も昨年夏は本当にお金が回らなくて、最近が回ってきています。
それはきっとお金をお支払いするとき「ありがとう」と言っているからだと思います。


❤ママの駅ストーリー第8話

2014年10月…

とある1人のお客様がリビングに言っていただいたおかげで
「リビング福岡」にママの駅がのりました。

 

そしてそれからお客様がたくさん増えてきました。

毎日毎日満席状態。

毎日が幸せ、ハッピーに思いました。
私のやってきたことは間違いなかった、
ママたち子供たちの太陽になりたい!!

 

強く強くそう思いました。

つづく

2014年6月10日オープン、2017年3月31日卒業~ママの駅ストーリー⑦~2014年8月、9月のこと

❤行動しなかった後悔がずんと残る今…

人間は行動した後悔より、行動しなかった後悔のほうがより深く残る

 

その言葉が
ママの駅を閉店したくなくてもしてしまうことになってしまったこと
にすごく結びついています。
お店をしてから、売れないとき、これをやってみよう、こう動いてみよう、そう思ったことは何回もありました。
アドバイスも受けたこともあります。
「お店をこうレイアウトしましょうよ」
「一緒にママの駅を作り上げていきましょう」
そうお客様や、スタッフも話してくれましたが、
「もしやってダメだったら」
「誰も来なかったら、自己肯定感0の私がもっと傷つく」
 
「むつかしい」
「これはできればお客様には隠したい」
と言ってしまっていました。
自分がいいと思っても、周りの人に反対されて断念する
後ろ指をさされるのが嫌で辞めてしまう
いつもいつも私はそれの繰り返しでした。
人に嫌なことを言われたら、傷ついて、なんでそんなことを言ったか聞かずに、
「あの人は私にこんなことをした」と思い

もやもやもやもやもやー

 

もやもやもやもやもやー

が生まれてずっと最近まで続いていました。

閉店という、つらい現実を背負い、今はこのようにブログや、個人のfacebookで自分の気持ちに正直にさらけ出したいと行動しています。

それをしてから本当元気になりました。

もやもやしていたり、迷っていたらすぐ行動です。

そして常にこの言葉を意識してみてください。
何か言い訳をするっていうことは、自分に凝り固まっているのかもしれないと。

行動はもしかしたら失敗もあるかもしれません。
傷もつくかもしれません。
でも学びを絶対得られる、今後の行動の指針を得れる。

動かないのが一番後悔が残ります。

もやもやもやもやもやー

になります。

 

私はお店のストレスが多く、ストレスから体を壊したときにドテラのアロマオイルに出会い愛用して心も体も落ち着いてきました。

売り方が世間からはよくないといわれている売り方なので、人の目を気にする私は、隠れてこそこそしていました。

やっぱりこそこそはばれてしまう。
オイルが欲しいと思っている方がいて
「言えばいいのに」

といわれました。

 

このブログをみて
「ママの駅の駅長さん怪しい」
と思う方もいるかもしれませんが、私は聞かれた時しか答えないので安心してください。

でも常識人、まじめに人が言われる通り生きてきて、悪いように言われるのが嫌だった私、
たくさん我慢して自分を痛めつけてきました。

■ママの駅のカフェでも何も飲まずに私に子育て相談してくる人がいれば、お金を払ってほしいなと思っても言わずに聞いてニコニコしていました。

■メッセンジャーで相談事がきても無料で答えてお金と言えずありがとうございますの言葉でごまかし

■お洋服をぐちゃぐちゃにされてご購入されなくてもいいですよといっていた私

本当はママや子供たちに愛があれば、ほめるばかりではなくて、相手のことを考えてもう少しこうしたらいいのではないですかと言えたかもしれません。

話があっちとび、こっちとびになりましたが

皆様はできているかもしれませんは、もしモヤモヤが消えないなら

人の目は気にしないで

自分は何をしたらワクワクするか?100個書き出す
迷っているものがあったら、やりたいか、やりたくないかノートにやりたい理由とやりたくない理由を書いて、ちゃんと答えを出してみる

などしてみましょう。

主人公は自分です。

そして生きている時間は本当に短い、できれば自分に寄り添ってくれる友達でも、家族でも、メンターでもいたらその成長を応援してくれると思います。


❤ママの駅ストーリー第7話

8月になりました。

またさらにお客様が来ない日々。
ちょっと顔を出してくださったお客様も、実家に帰ると言って10日続けて売り上げ0円という日がありました。

ただそんな中にうれしいことがありました。

今もママの駅を愛してくれるお客様との出会い…

そのお客様は8月の盆前の雨の日、
「まだわからないですが妊娠しているかもしれないんですよね」

と話してくださいました。

そしてもうすぐそのお子様も2歳。

ママの駅に今でも通ってくださっています。
今思うとそのお客様とお子様とママの駅を一緒に成長させてきたような感じです。

そして1度うれしいことがあるとまたうれしいことが連鎖しました。

情報誌「ソライロ」に載せてほしいと依頼がありました。

ソライロは8月に取材があり、9月の末に出ました。

お洋服、ヘアバンドが表紙にのり

こんなに素敵にママの駅を紹介してくださいました。

 

8月末にはイベントを企画し、30日ママの駅営業していた中20日が1日売上0円でしたが
この日はイベント出展者さんがお友達を誘ってくれて、1日開店してから最高の売り上げが作れました。

 本当に本当に心が温かくなりました。

 

つづく

 

 

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日閉店~ママの駅ストーリー⑥~2014年6月、7月のこと

❤失敗から気が付いたこと

今日も朝11時ごろからずっとブログを書こうかどうか迷って、今やっと書き始めました。

私は考える時間が長すぎて、行動に起こすのが遅い人間です。

「本当はこうしたいのだけど、これをしたらみんな変な目で見そうだから」
「ママの駅で私が講座をしたいけど、誰も人が来なかったらできない」
「こんなことを人にいうと嫌われる」

など、経営者で成功している方からすれば

「言い訳だらけやね」

といわれてきました。

「やってみないとわからないし、やってから判断しなさい」

といわれました。

これは書こうか迷いましたが事実だし書こうと思います。

私の趣味がお料理で今から4年前の2013年に、知り合いの方のところに行ったらレモンのオイルを使った料理や、水をいただきアロマが飲めることに衝撃的で、買いたいといった時に、これは口コミネットワークの商品と聞き、yahooの知恵袋などで調べてよくないことが書いてあったので、人から変な目で泣く泣く辞めました。
挫折をしましたがアロマの勉強もしていましたので、アロマの香りも好きでした。

昨年また出会う機会があり、愛用者として使うことになり、聞かれたり何か悩みがある人がいたら答えています。

本当私は今でも押し付け、勧誘が嫌いです
だからお客様には聞かれた時しか答えないし、ママの駅でアロマの講座をさせてと言われるまで家族にも誰にもばれないように使っていました。

でも私はもっと早く使っていればいいなと思い、後悔している部分があります。

話はそれましたがこの講座したいと思ったら、したらよかった…

もっと自分に正直に、人のご機嫌を取るより、自分はどうかそれを一番に考えればよかったと思っています。

ずっとモヤモヤが消えませんでした。
でも人の目を気にせず、自分に正直になるとモヤモヤが消えてきました


❤ママの駅ストーリー 第6話

2014年、6月、7月…

2014年6月10日、15時からママの駅をオープンしました。


最初入り口はガラス張りではありませんでした

下に看板を置きました。
ママが通っているのを見て
「よっしゃー!」とガッツボーズ。

しかし18時閉店まで誰1人入ってきませんでした。

その姿を見て
その当時、ひとのせいばかりしていた私は、
「みんな頑固やなあ」
と思いました。

 

そして翌日不動産屋さんから電話があり、
「下に看板おかないでください!!」
と言われました。

交渉しても無理で燃え尽きて。

そして1週間誰も来なくて、胃を壊しました。

考えて考えて

「あっfacebookがある!」

と思いました。

しかしのせても誰もいいねをしてもらえず誰一人人が来ず。

その当時の私はfacebookで友達が10人でした。

まずは友達にいいねをお願いして、協力をしてもらいながら、スルーもされて傷つきながら耐えました。

そしてfacebookのグループ
「福岡大好き」
「やりたいことをしている女子の会」
「facebookで女性限定の友達を探す会」

に入りました。

facebookが怖くて、拡散なんて無理!!と思っていた自分でしたが、7月に入っても1人もお客様が来ずで、今まで自分を捨てようと思いました。

4月から家賃が発生し、もうすでに貯金が底をついてた時。
借りないとやっていけないくらいの窮地に陥りました。

自分が自分でなくなるようで、胃が痛くて、毎日寝れなくて、子供に当たっていました。
お酒も楽しんでに飲んでいたのに、飲む量が増えました。

自分を変えるって本当エネルギーが必要です。
でも絶対良いご褒美がやってきます。

それを乗り越えたら新しい世界が見える、それを後々感じることになります。

「ママの駅なんてしても誰も振り向くわけがない!!」

と思って自暴自棄になっていた時、広島からママの駅をしたいと思っている方より連絡がありママの駅を見せてほしいといわれました。

高速を使ってママの駅に来てくれた、その方が第1号のお客様。
6/10から7/13まで友達以外は来なかったママの駅。

気が付いたらfacebookの友達も増え、ママの駅のいいねが100を超えていました。

すこしずつ明るい兆しが見えてきたような気がしました。


看板は自分の手作りでカッターを使い手を怪我しながら作りました

 

つづく

 

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日閉店~ママの駅ストーリー⑤~2014年4月中旬から5月のこと 

❤ママの駅をして気が付いたこと

もう日々吹っ切れつつありますが、
ママの駅をなくしたくない、
お店存続のためにみんなに来てもらいたい

と毎日毎日祈っていた時期がありました。

でも現実、売り上げが少なかったということは、何割ものママは
ママの駆け込み寺がなくても暮らしていけることがわかりました。

それをしっかり閉店を決めた時少し認めることができました。

閉店を決めた時、すごく心が楽になりました。

お洋服も、
安くて、
かわいくて、
洗濯に強くて、

そんな服なので

自分の主観で
皆様、ママの駅のお洋服を購入されるはず

と思っていました。

ママの駅を開店して、看板をたててお客様が入ってこないのが3か月続きましたが
私には、こんな素晴らしいことをしているのに反応がないのは、世の中がおかしい思っていたくらいでした。

テレビ局にも何回もメールをして
「こんな場所は素晴らしいからぜひ取り上げてほしい」と言ってきました。

でも2015年8月まで反応はありませんでした。

自分がいいと思うものはほかの人がいいと思うはずと思っていました。
こんなに素晴らしいことをしているのになんでわからないのだろうと自分に酔いしれ苦しみましたが、今思えば人それぞれ持っている価値観も常識も違うことが気が付きました。

だからこそ私がもっともっとお客様が何を求めているかリサーチし、それをしていけばよかったのですが、自分に酔いしれすぎていました。

でも人それぞれ価値観や当たり前が違うことがわかり、自分の執着や固執を変えて、断捨離することも必要それがわかった3年間でした。

日本人は思っても本音は言ってくれません。
嫌だなと思ったら何も言わず去っていきます。
でも本当に求めているところであれば来ないでといってもお客様は来られます。

お客様が来ないということは、世の中よりやっぱりママの駅に問題があったと思います。
立地、店内、服のコーディネートなどだとおもいます。

辛いとき外に求めるより、自分の中に求めると悩んでいる暇はないということがわかりました。
今後の生き方の指針になると思いました。

ママの駅をしたからこそ気が付くことがいっぱいありました。

ママの駅はオープンして2015年、2016年と波乱万丈になっていきます。
私がしくじったことも正直に、うそをつかず書いていきますので、ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです❤


❤ママの駅ストーリー 第5話

カフェができるかどうか、それを調べるために保健所へ行きました。たぶん無理と思っていくとママの駅がカフェができるという答えが出ました。

びっくりしました。

ただビルのオーナーさんがどういうか心配で相談したところ
「いいですよ」
という答えでした。

これはカフェをしなさいということだろうかと思いました。

珈琲を習いに行きながら、お店の開店準備をしました。

2014年ゴールデンウイーク、カウンターを作りました。

作りながらお母さんたちともっと近づければいいなとワクワク感がわいてきました。

話を聞いたり、仲良くなればママは元気になるような気がして私の使命なような気がしました。

またいつも家で過ごしている子供さんに、ママの愛情が1番いいけれども、たくさんの方からかわいいといわれて自信をもって育ってほしい、それを言える一人になれればとうれしいと思いました。

ワクワクして有田の陶器市に行ってカップを仕入れました。

 ママが子供が最初は泣いていたけど、帰りは笑顔で去っていく姿を想像しながら。

私も小さいとき、母と2人で家庭で過ごしました。

母は子育てに悩み、家族関係に悩み、育児ノイローゼになりました。いつもいつも母に「あなたはつまらない」と言われたたかれてきました。

どんどん自分が卑屈になり、根暗な自分、もちろん引っ込み思案で勉強も運動もできない小学生時代でした。セルフイメージが低かった。

失敗して、笑われて、セルフイメージが低いから、よけいできないと思ってしまうその悪循環をずっと過ごしてきました。

母が言われるお洋服をきて、人からかわいいといわれることなく過ごしました。そしてそんな私は社会に入って苦労しました。1度仕事を失敗するだけで、できないそう思いました。出世も遅れる、人間関係に悩む、その繰り返し。

それが嫌で私は娘にはやりたいことをすべてさせてきました。ママの駅の可愛い服を着せ、かわいいといわれてきました。たくさんほめました。そしたらセルフイメージが高くて、困難なものも失敗しても何度も挑戦する子供になりました。そして自分から附属を受験したいと言い出し、挑戦し合格しました。

お母さんが元気でないと子供も元気ではない、
そう思っています。

それをお伝えして、日本のママ、子供さんが自信にあふれてほしかったです。

 

つづく

2014年6月10日オープン、2017年3月31日閉店~ママの駅ストーリー④~2014年4月のこと 

❤ママの駅閉店は人生最大の断捨離

ママの駅閉店と皆様にお伝えしたのは、昨年の11月…

それから多くのお客様がママの駅へ駆けつけてくれました。
「閉店するなんてさみしい!!」
「こんな素敵なことをしているのになぜ閉店するのですか?」
「この子が大きくなるまでずっとママの駅あってほしかった」

と言っていただき本当にうれしく思いました。

泣いてくれたママやお子様もいました。
さみしそうにしてくれたお子様もいました。

 

私は本当に幸せを感じました。

できることなら閉店したくない、お客様とつながっていたい、大濠を離れたくない…そう思い内心ビジネスパートナーを探していました。誰か一緒に事業してくれる人はいないかな。しかし現れませんでした。

その現実を受け止め思ううちに

■ビジネスの世界は結果の世界
■結果が実際出なかったのは、本物ではなかった。
■本物であればどんどん広がっていく。
■例えがどうなのかだけど、本物ならネットワークビジネスのように人が人を呼び、またその呼ばれた人が人を呼びとつながっていくもの。
■いくらお客様がママの駅をほめてくださっても、自分の思いが素晴らしいものであってもママの駅に、そして駅長の私に落ち度や人を喜ばせるものがなかったので出た結果だと

色々な人と話し、自分で悩み、苦しみ、そう頭の中で今はまとめ、昨晩頭の中がすっきりしました。

今日からものの断捨離、引っ越し準備を本格的にし、セールを本格的にして、お洋服は本当に求めるママやお子様のもとにお嫁に行くように祈りながら販売していきたいと思っています。

カウンターも手作り、看板も手作り、珈琲も勉強して、お洋服も韓国に行って買い付け、保育士の経験、娘のお受験の合格経験も伝えていきたい、ママを癒して、お子様にも自信を持ってもらいたいという思いがこもって、ママの駆け込み寺な場所を目指していましたが、

自分の中では

タイミングではなかった

経営の実力不足

努力が足りない

足りないところがいろいろあった

その現実をしっかり見ていきます。

魂を込めていた分たくさん泣くと思いますが、
ママの駅を捨て、大濠を捨てて、人間関係を捨て、新たな道を歩んでいくと決めています。

今日から本格的に引っ越し準備をはじめます。

後約1か月よろしくお願いいたします。

❤ママの駅ストーリー第4話

2014年4月中旬の話です。

娘の附属小学校の入学式も4/11に終わり、4/15に長丘からママの駅の大濠に引っ越してきました。

一緒に働いていたママ友は、4/15の引っ越しの日、最後の段ボールがトラックにのるまで一生懸命手伝ってくれました。

最後の段ボールがトラックに乗った後、ママ友と新たな門出を祝杯しました。

そしてその後ママ友と別れ、すぐに大濠に私は向かいました。

引っ越しの段ボールが全部ママの駅の事務所に入った後、ママの駅の中がすごく広いことに気が付いたのです。

その時、「ママの駅ストーリー第2話」で書いていた、

ママ友が言っていた「たまには子供がいてもカフェに行ってくつろぎたいなあ~」
の言葉のような、カフェが作れるんじゃないかな?
そう思い浮かびました。
ただその時は、できるともわからなかったのでママの駅の中でカフェオープンができるなんて夢のまた夢でした。

 

つづく

 

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日閉店~ママの駅ストーリー③~2014年3月のこと 

 

❤いろいろ思い出しながらママの駅へ通っています…

毎朝ママの駅へ30分かけて通っています。

晴れの日も、
風の日も、
今日のような雨の日も、
雪の日も、
暑い日も、
寒い日も、
自転車で通ってきました。毎日大濠公園の中を通ってきました。

大濠公園は、どんな時も、いつも私を温かい目で見てくれていたように思いました。

 

■ママの駅で、お客様が来てくれて、子供たちがお洋服をみて喜んでくれて、素敵な人に出会えてうれしかった時も

■お客様が1週間来なくて、いろいろなことがあって辛かった時も
何も言わず私を温かく包んでくれました。

3年間、日曜日、祝日以外は毎日大濠公園を通ってきたので、4月以降当たり前にしてきたことができなくなるのですごくさみしいです。

 

当たり前が当たり前でなくなったとき人は初めて感謝するのかなと思っています。

■私はママの駅を通して、大濠公園のようにママたちの心を包む場所を作りたかったです。
■子供たちに愛情をたくさん与えたくて、子供たちに自信をつける人になりたかったです。

子連れでカフェができて、ママが癒され、世の中がそれを認めてくれるのが当たり前の世の中に
子連れで出勤できる環境が当たり前の世の中に
するのが夢でしたが

私自身の「志」
中途半端だったのか、
日々の家賃の支払いや、お店の存続にが傾き存続ができなくなりました。

しかしその志は失いたくありません。
欲でつぶれたくないと思い、お店を手放すことにしたのも1つです。

私の学びは自分のしたいことを継続するためには最初から無理してお店を持ったり、固定費がかかることはしてはいけないと感じました。

だからもし、これを読んでいる方で、お店を持ちたい夢がありましたら、3年間ご自宅か誰かのお店の片隅をかりるとかで経費の掛からない場所でやってみてください。

例えばエステをやりたい方だったら自宅かイベントに出る、お店を借りる。
そこで名刺を配りfacebook、ブログをできるだけ毎日更新してお客様をつけていく感じです。
最初はお客様は来てくれません。でも毎日、思いを訴えていき反応があればその方の思いにこたえていく地道さが必要だと思っています。

 

「子供たちに自信をつけてほしい」その思いで私は子供服を販売してきました。


ママの駅のお洋服を着ていると道で歩いている方が私の子に
「かわいい」と言ってくれるんです…

その話をうれしそうにしてくれるママの顔を見るのが本当にうれしいです。

そして1人…

「引っ込み思案で暗かったわが子が、みんなにかわいいといわれ、心を人に開く子になってきたのです」

その体験談をいただいたときはうれしかったのを覚えています。

❤ママの駅ストーリー第3話

2014年3月…

楽天でのショップの売り上げが200万の売り上げの月でした。
3/15に娘の幼稚園の卒園式もありました。

そして長丘から大濠の引っ越しの日も近づきました。

ママ友とのお別れの日も近づきました。

心は「仕事しなければいけない」
そう思いながらも日々の梱包、発送作業をしながら、ぽかんと穴が開いたようでした。

1日10着5000円で必ず売れるこのワンピースたちの売れ行きは順調でした。

女児フォーマル子供服

娘と同じ平成19年生まれの子供たちはこの当時の入学式の人気スタイルはAKB系で
ブレザー&チェックスカートが人気でした。

その常識を覆すように

入学式は一生に一度、だからこそ清楚で知性のあるワンピースで入学式を迎えませんか?
そのキャッチフレーズがお客様に受けたのか過去最高の売り上げを記録し、その利益を長丘の店舗の中の原状復帰、現在ママの駅がある大濠の家賃の敷金、大濠の内装に使いました。

大濠に引っ越せば、きっと売り上げが上がる…

その希望がありました。

先に起こる転落も予測することがなく、経営の方は安心していました。

つづく

 

 

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日閉店~ママの駅ストーリー②~2014年2月のこと 

❤ストーリーに入る前に

昨日ははじめてママの駅のお店の場所を見つけたときのことを書きました。
なぜブログを書こうと思ったかというとこの3年間、ママの駅をしたことでたくさんの失敗をしてきました。
■経営の失敗
■子育ての失敗
■スタッフとの関係性の失敗
■お客様が来なくて悩んだことも
■その他いろいろ…

ママの駅を存続したい…辞めたくない…その気持ちが強くお金を投資して経営学を学んだこと
お店の家賃が払えなくてすごく悩んだときもあった
ママの駅存続したくて、お料理を作るアルバイトもしたこともあった

色々な苦難がありました。
沢山の失敗があったけども、学びもありました。

多くの素敵なお客様とのご縁もできてお店をしなければ出会うことができませんでした。
今は少しずつうまくいくようになり苦しみがなくなってきています。

考えて考えて考えて、答えが出なくて考えすぎて、寝れない日々もあったけど私はその経験が強くしてくれました。

失敗からたくさん学ぶことがあります。でもこのブログを読まれる方には私は思い考えて乗り越えてきたことをお伝えできればいいなと思います。これからの皆様の生き方の参考になればうれしく思います。

子育てママの経営経験談についても書いていければいいなと思います。


❤ママの駅ストーリー 第2話

2014年2月…

娘は幼稚園卒園に向け最後の幼稚園生活を送り
私は大濠へ引っ越しに向けて過ごしていました。

入園、入学の服が毎日売れて発送に忙しい日々を送っていて…
長丘では店舗を構えていなくてネット1本でしていたので、娘と一緒に働いていたママ友と3人でお昼は外へ食べに行ったりしていました。

子供と向き合えてたなあと思います。

一緒に仕事をしていたママ友が大濠に引っ越すなら1時間以上もかかるので通えないということで大濠に引っ越す4/15に退職することが決まりました。

娘の幼稚園卒園と、ママ友の退職、今ママの駅を辞めるのと同じくらいさみしく辛いものでした。

しかし、前を向いて生きていこうそう思いました。

そう、毎年思いますがなんか春はさみしいです。

でも別れはつらいけど思い切って捨てれば次入ってくる、今考えるとそう思います。

次の構想はなくただ単に、引っ越すことだけ考えていました。
娘の附属小学校入学についても、小学校1年生の子が1人でバスに乗って通わせないといけないことが心配で実は引っ越しも考えていました。

一緒に働いていたママ友が、また他のママ友も
「たまには子供がいてもカフェに行ってくつろぎたいなあ~」と言っていました。


オープン当初にだしていた
ママの駅特製「癒しのラテ」

 

私もそう思いました。

その時はそれがママの駅を作るヒントになるとは思わず、その時はふと目の前を通り過ぎた言葉でした。

つづく

 

 

2014年6月10日オープン、2017年3月31日閉店~ママの駅ストーリー①~2014年1月のこと 

 

❤前置き

ママの駅閉店まであと40日

ママの駅をオープンし閉店するという結果になりましたが、この3年間たくさんの学びと気づきをいただきました。4月からは新たな道に行くことを決定しました。それまで文章だけでもお客様とつながれたら本当にうれしいなと思い、少しずつ思い出し、つづりストーリー風に描けたらいいなと思いつづっていきます(^_-)-☆

なんでも嘘はつかず格好はつけず正直になので、読みにくさもあると思います。自分勝手に書いているので、読めない方はスルーしてください。

ストーリーを書いていきたいと思います。

❤ストーリーの始まりです

ママの駅の場所、2014年1月に見つけました。それまでは南区長丘の方で子供服のネット販売をちょこちょこしていました。ネット販売は月100万の売り上げで私と、幼稚園のママ友と一緒に梱包していました。

店舗ではなく倉庫。そのためいつもママ友と2人でひたすら梱包でした。

2014年1月15日私の娘が福岡教育大学付属の小学校に合格しました。福岡教育大学付属小学校は大濠公園の近くにあり、学校帰りにお店によって一緒に帰れればいいなと思い、合格してから1週間は大濠の方の物件を探していました。

その時は子供服の倉庫として使うことしか考えていなくてカフェをするという発想はありませんでした。

見つからないと思った時、今のお店がある店舗を主人が見つけてくれました。

2014年1月25日の朝だったと思います。その足ですぐに不動産屋さんに電話して物件を見せてもらいました。

お部屋に入った瞬間窓から見える緑に感動しました。

家賃も長丘と変わりません。広さも大濠の方が広い

運命を感じ「ここにする!」と言って決めました。

カウンターはなかったけどこの緑が印象的でした。

続きはまた次回